『任誓事件』と『寺庵騒動』
任誓 元和年間(一六八一〜一六八三)、帰郷。貞亨・元禄年間(一六八四〜一七〇三)、末寺の訴えにより任誓を召し出し、法門。一如上人、かえって任誓を誉め、御書をとらせる。一七一四年(正徳四年)四月十五日、上山。『おたくみの御書』を授かる。(本願寺真如如上人より)加州遠山奥十一ケ村十二日講中下吉谷(五・六月)、相滝(七月)、上野(八月)、渡津(九月)、上吉野(十月)、神子清水(十一月)、二曲(十二月)、別宮(一月)、清水(二月)、野地(三月)、左礫(四月)一七二〇年(亨保五年)任師法談一七二一年(亨保六年)小松末寺ら、加賀藩へ訴え出る。謹慎一七二三年(亨保八年)九月逮捕、河北郡能瀬へ幽閉。一七二四年(亨保九年) 七月二十五日獄死。
『寺庵騒動』一七七〇年(明和七年)『郡中御影』を金沢の末寺(別院)に渡すか否かで、小松の寺院・門徒の間で騒動がおきた。
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